僕は僕と生きる

雑記。僕が思ったこと、書きたいことを書くところです。個人の主観に基づきます。

やりたいこと

やりたいことってなんだろうねって風呂の中で考えてたんですよ。

カチッとわかったのは2月の20日くらいのこと。

ずーっと考えてて、ほんとにずっと。演劇もやりたいことだし、今やってる仕事もやりたいことなんだけど、根源的なところがずっと満たされなくて俺って何やりたいんだろうって。

昔の事を考えると僕には居場所ってものがとても少なくて、と言うか家しかなくて。

僕、小学校から中学の頭までは凄いいじめられっ子で学校のクラスとかにも居場所なんかなくて、友達もそんないうほど居なくて、ていうかもうほぼ居なくて。なんか毎日学校と家の行き帰りで、それもいじめられるために行ってんのかよってくらいの。休み時間なんか一人で本読んでるか寝たふりするかのどっちかで。

子供っていじめられてることを親にすごく隠すと思うのね。少なくとも僕はすごく隠したのだけど、それって言うのも、うちの親は物事を大きくするタイプの親だったから、凄く、なんていうか恥ずかしかったっていうか、「あー、きっと親が出てきたらもっといじめ酷くなるな」みたいなそういう思考があって言わなくて。ていうか言えなくて。

だからなんていうか、ほんとに100%の居場所みたいなものって親にバレてから初めてできたんだよね。中学生の時。落書きされたノートが見つかって、凄く怖かったんだけど、なんていうか、なんか心が軽くなった感じがして。今思うときっと安心したんだと思うんだよね。これで正直に話していいんだなって。

学校は毎日行きたくなかったんだけど、親が休むのはいけない。負けるなって言うから毎日行ってたのね。おかげさまで今は神経が図太くなってしまっている。

でも、あの時の「休むのはいけない」って言うのは今から見ればただの呪いでしかなくて、僕は強くなることを強いられてしまったんだよね。悪いことだとは思ってないけどね。

でね、やっぱり僕の居場所って形成が凄く遅くて、小さい頃って死んでもいいかなってくらい辛かった。話せる人が居ないって凄く辛いことだなって。わかってしまっているんだよね。

だからこそ、僕が今やりたいことって居場所づくりなんじゃないかなって気づいて。

今考えると自分の書いた脚本も居場所への憧憬みたいなものが多分に含まれてしまっていて、結局昔からずっとそれに憧れている。

憧れているというか欲しかった物。

今僕はおとなになって、あの頃の自分を助けられるんじゃないかって思っているフシがあって、思い上がりなのかもしれないのだけど、たとえそうであっても助けたいなって思って。

だから、僕はすべての人のために居場所を作りたい。

作る。なければ創る。

生きづらい人たちが少しでも軽くなれる場所。

まずは子供の居場所から作っていく。

あの頃の僕みたいな子を増やしたくないし、何より色んな人と交流するのって悪く無いよって今の僕がわかったから。

今の僕の「やりたいこと」は子供の「居場所」を作ること。