僕の事とそれ以外のこと

雑記帳。それ以上でも以下でもないです。言いたいこと書きたいことを書きます。

なんのことはないのだけども、外に出ていないと時間がわからなくなっていく。

こう考えると刺激ってとても大事なものなんだと思う。何もないことが日常で、それって普通のことなんだ。(こういうことを言うとそれはあなたの普通で……)って始まられたりするから控えているのだけど。

普通ってきっと大した刺激のないことだと思うのね。刺激って言ってもよい刺激だったり、悪い刺激だったり、いろいろあるじゃん。

痛みを感じることもあれば、びっくりするだけのこともあって。告白されるとかも刺激だよね。

自分が本を書いているとびっくりするほど刺激のない作品になっていくのだけど、それって僕自体が、人生にそんなに事件ってないんだよなって思っているからかもしれない。人が追いつめられるっていうのは、劇的な事件が発端ではない。

誰も気づかないようなところでじりじりと本人さえも気づかないうちに首を絞められていく。そんな風に、劇的に何かがあるわけではないのだと思う。

何もないのに破たんしたとか、何もしてない感じがしたけど前に進むことができたってのが結構多いのだと思う。それは生活の中で何かが着実にそちらの方向に向かっているのを僕たちが認知できないだけのことだろう。

何かを間違えたときに「それ、間違ってるよ」って言ってくれるのは、本当に自分のことを思っている人か、間違えたことによって不利益を被る人か、そのどちらかだと考えているのだけれども、実際問題前者はほとんど存在しない。

母親くらいなんだよな。自分を犠牲にしても自分に不利益でも子供の間違いを正してくれるのって。

恋人だって何かを間違えれば一瞬で離れていくのだろうし、それでなくても確実に関係は冷えていく。

きっとうまくいってる人たちは何回か火を入れてるんだよ。

鉄が窯から出すとすぐに冷め始めるのと一緒だ。

 

また今日も何が言いたいのかはわからない。