全力で脱力

雑記。僕が思ったこと、書きたいことを書くところです。個人の主観に基づきます。

何かに突き動かされるように生きてることってありませんか?自分でやっているっていうよりは使命感に突き動かされるような。

やりたいよりも先にやらなきゃってなるようなこと。

自分がやらなきゃ誰がやるんだみたいなこと。

でも実際きっと自分がやらなくてもいいことだったりするんですよね。

人がやっても全然いいこと。

ていうか、自分以外のほうが適任だなってこと。

無理してやってるなら人に任せてしまえばきっといいけど、好きでやってたり、楽しかったりしたら続けるべきなんじゃないかなって思います。

僕は今割と楽しい。

楽しいのでもっといろいろやっていけばいいのかなと思ったらそうでもないみたいで、自分のキャパを知ったうえでとりあえず今やってることを継続していって、そんで行けそうだったら拡大していくのがベターなのかなってそう思ってます。

よくわからんけど。

 

ただ居るということ。

お久しぶりです。

一か月以上ぶりに書くんですけど、たいして書きたいことがあるわけではないんです。

なんだかいろんなことに疲れてしまって距離を取りたくなってるんだろうなってのはわかるんですけど。

ネットと距離を置いたり、人間と距離を置いたりしてしまう今日この頃。

最近は毎日のようにコーヒーを淹れていて、それで自分の体調を測っているようなそんな毎日を送っています。

夏バテですかね?

外には出たくないなと思いながら、開けた空がどうにも恋しくなります。

誰かに手紙を書くように書きたいなって思ったんですけど、僕は思ったより手紙を書いてこなかったようで、いったい誰に書いていいのかわからないところがあります。

この前の水曜日、ただ居る人がいるというので北千住のBuoyに会いに行ってみました。

勇気を出して話しかけてみると、ただいるじゃなくなるような気がして、話しかけようかどうしようかってそんなことを考えながら、心臓の鼓動が聞こえてきて、耐えられなくなって話しかけました。

ただいる、ですよね?なんて話しかけた気がします。

ちょっと意味わかんないですよね。

ジエン社の山本健介さんがただ居て、PCに向かっていたり、スマホいじってたりしてました。

僕のごくごくくだらないような話とか、どうしたらただ居る人を増やせるんでしょうね?みたいな話をしたような気がします。

僕は、ただ居るってすごく必要なことで、素敵なことだよなって思っていて、人間にはただいられるような所が本当に必要なんだよなって。

そんなことを思っていて、カフェとか、ただの空間みたいな、「ただ居られる」だけの場所を増やしたいし、ただ居ることを肯定というか、ほんとにただいる人を増やしたいと思って居るのだけど。

人間が場所にいるのは何かしら理由が必要なのではないだろうかというところに行きついていて、案外、家のリビングでもなにもしないでただ居るっていうのは本当に難しいなと考えて居る。

かくいう僕は、コーヒーを飲みながら、とか本を読みながらとかPCに向かいながらカフェにいることが多い。

何をしに行くわけでもないから、ただ居るっていうのが一番合ってるんじゃないだろうかなって。

そろそろちゃんと僕もただ居るをやろう。やりたいと思っていて、僕は書いたり読んだろしながらただ居るけど、頼まれたらコーヒー淹れるくらいの半分趣味みたいな感じのただ居るをやろうかななんて考えています。

ただ居て、来てくれる誰かと少しだけ同じ時を過ごせたら良いかななんてそんなことを考えている。

暑かったからちょっともう無理

このクソ暑いのに何の意味もなく2時間半歩いてきました。

ほんとに意味はなくて思いついたから外に出たんだけど、途中で頭は痛くなるし、汗は止まらないしほんとに。

何考えてんの地球。

馬鹿じゃねぇの?

いや、ほんとの馬鹿は必要もないのに外に出た俺なんだけど。

こんなに暑いのどうにもならないでしょ。

もうみんな死にそうな顔しながら歩いてるし、どうして?

なんでこんなに暑いのよ。

快適にひきこもるためにクーラー必須だし、仮に外に出たら必ずシャワー浴びたいくらいの暑さだよ。

起きると冷房切れててすごく怠いし、日差しにやられてるし。

誰だ濡れタオル巻くだけで首元冷えるって言ったやつ

確かに冷えるけどな、すぐ温くなって最終的にカラカラだったわ。

できれば帽子もかぶったほうがいいわ

一番いいのは空調の効いた部屋でおとなしくしてることだよ。

あー、暑い。

車に比べて歩くと情報量多めに入ってくるかなぁって思っていたんだけど、実際頭がボーっとしちまうのであんまり関係なかったというか、もう、確実に徒歩移動はやばい。

やばいくらい暑い。髪の毛やられてハゲそう。

異常気象が続いてるからそろそろ魔王とか現れたりとかするんじゃないかみたいなことを最近ずっと考えていて、勇者はどうやって倒すんだろうとかずっと考えている。

やっぱり戦車とか使うのかな…

勇者なら剣と魔法で頑張ってほしいなぁと思った。

 

久々に朝帰りをした。

死ぬほど体が重かった。

体は重かった。

コンタクトが外れてしまっていたのでほぼ見えない状態で外に出た。

家に帰るまで終始目つきが悪かったことは想像に難くない。

重い体と頭を連れて電車に乗り込む。座って数秒で意識は飛んでいく。

今日したと思っている会話のどれくらいが本当にした会話で、どのくらいが夢の中でした会話なのだろうか。

なんだか際どい会話をしたような気もするし、そうでない気もする。

声がでない。

枯れている。

そんな感じで、久々の朝帰り。

 

朝の散歩をしたからさ

昔通っていた道を十何年かぶりに歩いた。

小学生のころ友達と歩いた道を今一人で歩いた。

昔は一人はさみしかったのに、今は何ともなくなってた。

あの頃好きだった女の子は、もうここにはいなくて、どこへ行ったのかなんてわからないし、わからなくてもいいと思った。

小さなころ大好きだった八百屋さんはなくなっていて、跡地には建売が建っていた。

八百屋だった建売の向かいの公園は今もあるけど、大きな滑り台はなくなっていて、昔には戻れないんだなぁと思った。

僕たちが立ち止まっていても時間は進んでいる。

 

年を取ったので変えたいことを書いてみた。

前回ブログ書いてから1か月ですね。

また誕生日来ました。

年を取ると何かしら変えていかなきゃなって思うんだけど、現状変えたいことって何だろうなって考えていて。

多分人とのかかわり方は少し考えなきゃいけないなってところに来ているわけで。

僕、リセット癖があるんですよ。

交友関係を定期的にリセットしてしまう。

ほんとに良くない癖だなとは思っているんですけど、突然シャットアウトしたい衝動に駆られることがあって。

これって自分の問題なんですけどね、僕きっと自分の過去にすごく引け目があるんだと思うんですよ。

いじめられてたこととかいろいろ。

昔も今も自分に自信なんか一ミリもなくて、「自分はできる」って毎日暗示をかけて生活をしている。

周りから見るとそれが自信過剰に見えるらしくて、あー、そうかーと思う。

いつも自分ならできるって言いきってしまうようにしていて、これは自分に自信をつけるためっていうのと自分を追い詰めるため。

運動も交友関係の構築もすごく下手なんです。

勉強は当時はそれなりだったんですけど。でもほら、勉強だけできても仕方ないじゃないですか。

友達の作り方も知らなきゃ子供の小さな世界で生きるのは難しい。

世の中難しいことばかりだなぁと思います。

それでも会いたいなぁと思う人はいるわけで。

でも、こう、そういう人にも簡単に連絡はできない。

覚えてないんじゃないかとか、本当は嫌がられてるんじゃないかとかそんなことを考えてしまうわけで。

仕方ないんですよね。

基本的に敵を作りやすいし、嫌われるようにふるまってしまうので。

本当に良くない。

人当たり良くなりたいなぁ…

ここ最近色々なものが変わってきたりして、会えなくなってしまった人も結構多くて。結構後悔も多いんですよ。

だから会える人とかかかわれる人とはその時にしっかりかかわっていきたいよなって。

人とのかかわり方を改善したい。

最近おかしくなってきたんじゃねぇの?

ここ何日か、というか3か月くらい。

自分がおかしくなってるんじゃないかっていう感覚に襲われることがあって。

それはどうしてかって言われると至極単純なことで、支援をしたいって活動を始めたからなのだけど。

それまではびっくりするほど自堕落な生活をしていたのね、僕。

好きな時に寝て、おなかが空いたら食べて、週2日くらい仕事するみたいな。そういう生活をしていたの。

今もほとんど変わってはいないのだけどね、なんというか、目標?芯みたいなものができたって感じなのよ。

本当にやりたいことが見えてきたみたいな。

人間やりたいことって増えたり減ったり、変わったりするじゃないですか?

うん、あると思うんですよ。

でも今回やりたいって思うことって人の人生に大きくかかわることだから、なんだか「いい人」というか模範的な人間である必要があるって思ってしまっていたのね。

でもやっぱり、深夜にすごい勢いでお酒を飲んでしまうこともあるし、日中友達と遊び惚けてしまったり、やっぱり自堕落になってしまったりするの。僕はね。

それが本当にいけないことだ、ってそんな風に考えてしまうことが多くなってきて、僕が子供の支援なんてするべきではないんじゃないかって思ってしまうことが多くて。

でもね、支援云々がどうだみたいなの置いておいてから、僕はやっぱり酒飲みで演劇が好きで、少し変わってるって言われるような人間でしかないわけ。きっとね。

だからきっと、子どもと一緒にいたとしてもそれは変わらないんだろうなって。

教えることとか保護すること、一緒に遊ぶってことに聖人君主である必要はないんだって最近気づいて。

どれだけ我慢していい外面をしたところで根っこのところは何も変わらないんだろうなって。

僕は僕のままでいいんだって(もちろん変えなければならないことはとても沢山ある)

そんなことを最近あった人から学びました。

もちろんいますよ。もっと模範的でないとやるべきではないって言ってくる人。

いや、でも僕は何というか子どもたち、というかこれから会う人たちの支えというより、「悪友」ってポジションがいいのかなって。

昔は悪いこと教えてくれる大人もいっぱいいたじゃないですか?

なんか、そんな感じでいいかなぁって。

僕は先生にはなり得ないし、なりたくはないんだなぁってことに気づいたよって。

その程度のこと、最初から持っておけよって思われちゃうと思うんですけどね。

進んでいく中、人とかかわっていく中で気付くこともあるんだなっていうそういうことです。

以上