僕の事とそれ以外のこと

雑記帳。それ以上でも以下でもないです。言いたいこと書きたいことを書きます。

目が覚めてしまって

寝られない。というか目を覚ましてしまった。外は雨だ。「しとしと」では聞かないくらいに雨が降っている。

雨粒が落ちる音が聞こえてくる。

雨は嫌いだ。少し寂しい気持ちになる。濡れるし冷たいし、髪の毛は崩れるしいいとこといえば花に水をやらなくてもよくなるってことぐらいで、雨は嫌いだ。機械は濡れると壊れるしほんとに嫌になる。

こういうのも本当は違うのかもね。

感情が先走ってるだけ。寂しい気持ちが雨の音で膨れ上がるのかもしれない。そんなことを思いながらキーボードを叩いている。もう4時に近い。

目が覚めてしまうのも無理はないのかもしれない。考えてみたら今日起きたのなんて正午近いのだから。そこから取引先に電話をして、仕入れの計画を立てて、台本読んでみたいなそういう、いつもとなんらかわりのない日常を過ごしてしまっていて、もう飽き飽きなのかもしれない。だから深夜に刺激を探して起きたのかもしれない。

最近では一番刺激的なのは夢だ。寝ている間が一番刺激的だなんてなんだか少し皮肉だ。休む時間じゃねぇのかよと。

昨日の夢はなんだか少し現実味があって怖かったことを覚えている。刃物が刺さる感覚はいつでも慣れない。

僕の夢はだいたい高いところから落ちる夢か、人に追い掛け回されるか、刺されて死ぬ夢だ。

前後の状況はその時によって全く違うからシチュエーションには全く困らない。

毎度それなりに痛い夢ばかりだ。地面に叩きつけられる瞬間といったらもう、何とも言えない。

何かで刺される感覚が一番鮮明に残る。

もしかして僕の前世は刺されて死んだんじゃないかってくらい鮮明に。

こんな駄文を書き散らして僕はまた眠りにつこうとしている。この瞬間さえ夢ではないのだろうかと一抹の不安を感じながら。

思い出に押し潰される

観劇に行った。知り合いの出ていた芝居だったし、興味を惹かれたから。どこでやるかもわからない状態だし、いくらかもわからない状態でとりあえずくらいの勢いで予約を入れた。

今日の本題はそこではない。場所。場所の話だ。

場所は二年ほど前、僕が非常に辛かった思い出のある芝居を上演したところだった。稽古中にも仕込み中にも本番中にもそこには濃くて苦い思い出がたくさんあった。

劇場の最寄りで電車を降りるとすぐに商店街がある。商店街に入った瞬間に何か言えないような思いが心を満たした感じがして、なぜだか少し悲しくなった。確かに当時の公演は非常に辛かったし、正直笑えないようなこともたくさんあったのだけど、そういう類の、そんな涙じゃなくて、懐かしさのようなそういう涙だった

劇場に着くとしっかりと上演の準備は整っていて、変わっているところとか、あの頃と変わらないところとか、様々だったのだけど、なんだかとても懐かしい気持ちに浸ってしまう自分がいた。

一週間しか通っていなかったところにこんなに濃い思い出があったのかと驚いた。

それと同時にもうあの頃には戻れないのだなぁとわかってしまっている自分がいて。辛い思いでも今日は少し甘くて優しい気がしていた。

僕がブログ以外にネットでやってること

また書きたくなったから書く。

今回は僕がネットでやってることについて。

主には「文字起こし」と言いたいことをなんでも聞くよーってサービスをしています。

文字起こしっていうのは、録音した会議とか、インタビューなんかをテキストに起こしていくこと。議事録とか作ったり、インタビュー記事の原稿にするときに音声データだと容量大きいし、自分でやるのも面倒だなってときに使ってもらうやつです。

時間をお金で買ってくりゃれーって感じのこと。お金はあるけど、時間がないとか単純に人が足りないってときには重宝したりするんだなこれが。

インタビュー等文字にします。

もう一つはなんでも聞くよーってサービスなんだけど、これはまじで文字通りで、愚痴とか聞いてほしいことあったらなんでも聞くよーってサービスです。返事が欲しければ返事頂戴っていうと僕なりの返事を返すよ。

案外近い人には言えない悩みとかあったりするじゃない?なんでも聞くし、話し相手にもなるよーってことで出品したサービスだったりします。

秘密は厳守だから安心してねー。って感じなんですけど、まだ誰にも買ってもらってませーん。

あなたの悩み、愚痴なんでも聞きます 近しい人には言えないことがある人に

ちなみにタロットを使った占いもやっていて、今は忙しくて出品を停止してるんだけど、少しだけ(友人含めると50件くらい)実績があるよー。

得意なのは人間関係(恋愛含む)とか仕事関係の話です。

出品再開したらまたブログで書くよ。

興味あるなぁって方いらっしゃったらコメントとか残していただけると、お、需要案外あるなってなって出品の再開が早まるかもしれないです。

とかとかでした。出品してるところはココナラっていって趣味とか特技を売れるってとこです。最近CMとかやってたような気がする。

 

ちなみに今のところリンク貼ったサービスは全部無料お試しができます。早いもの勝ちになっているから興味のある方はお早めに。です。

 

ということで、今回はネットでやってることの紹介でした。

 

 

 

働き方改革は働かせ方改革である。って話を少しだけ聞いて思ったこと。

※今回の記事は個人で事業をしている人間の主観です。不快な表現があったら申し訳ありません。

 

この前何かのテレビで今の「働き方改革」は経営者側の労働者に対する「働かせ方改革」になってしまっているって話をしていた。

なるほど。そういうことかと僕の中で違和感がなくなった感じを受けた。働き方改革とはいうものの、労働者である限り、会社に所属しようとする限り、上の人間の都合とか会社の都合なんてものに縛られてしまうわけだから、本当に「働き方改革」と言っていいものかと思っていたからだ。

本当に働き方を考えられる環境に自分を置きたいならフリーになるか、話のわかる上司、ないし、会社を連れてくるしかない。特に日本だとそれが顕著な感じがしている。

履歴書の職業経歴欄に空白期間があると転職活動や、就職活動がうまくいかないなんて話もある。これもネットなりで見た情報なのでなんとも言えないんだけど、イコールほぼ会社なり、学校なりに所属していないと就職も転職もできないってことだ。

夢を追えると言われていた頃のフリーターはもはや見る影もなくなってしまって、非正規という言葉で派遣もフリーターも一緒くたにするし。

働かせ方改革なんてしたところで、労働者の現実は変わらないと思うよ僕は。

結局上にいる人間の頭が硬ければそれ以上いい案は出てこないだろうし、もともと経営者なんてのは会社の利益を上げたいから人件費が安いほうがいいに決まっている。

しかも「会社が大きくなるまでに自分はこれだけ苦労したんだから下で働いてる奴らも同じくらい苦しくないといけない」みたいな思考をしている場合があったりする。(いわゆるブラックってやつ)

日本はわりかしみんなで苦労しようみたいなそういう考え方が大きくなってしまっているからその辺良くないと思うし、適度に休んだほうがいいと思うよ。

案外そこで四苦八苦して働いている人が抜けても仕事は回ることが多いし、回らなくなったら何かしらシステム的なところがまずいし、経営に失敗してる。確実に経営者が悪い。

むしろみんなで楽しようよ。ほんとに。やることはやるけど、休むときは携帯の電源切って、業務のことは考えないくらいにしなきゃだめだよ。切り替え大事だって小学校のときに習ったじゃん。

 

働きたい人は働けて、定時に帰りたい人は帰れて、病気の人は何も気にしないで休める

そういう会社にしたいなとおもうし、そういう社会になればいいよね。

 

すべてが0になってしまえよ

すべてが0になってしまえよ。と思うことがままある。

無になってしまえではない。0になってしまえ。

何を言ってんだと自分でも思うのだけど、わりと最近多いんだ。ネガティブな意味じゃなくて、ポジティブなところでの0になればいいと思うんだ。可能性は無限大みたいな。

ガキじゃねぇんだからって言われそうなのはわかっているのだけど、僕達が一番楽しかったのって社会に出る前の段階だったりする(もちろん社会に出たあとのほうが楽しい人もいると思う)

のだけど、だんだん僕たちはずるくなって、実益を見てしまうようになる。悪いことじゃない。生きていくには必要なことだと思う。昔の理由のない自信はどこに行ってしまったのだろうと感じていて。「経験上」とかそんなことで「できない」ってかんたんに決めつけるよう担ってしまった。

本当にくだらない人間になってしまったと思った。

いやもっと、こう、頭から突っ込んでいけよみたいな。そう感じることが増えてきた。大人になるってことは妥協を覚えることだなんて、そんな風に言われたし、折り合いをつけることが何よりも大事みたいな。そういうのがとてもあるのだけど。

ただ目標に向かって突っ走ってる僕たちはきっと輝いていたのだから。

そういうふうにはもうなれないのだろうけど。僕たちは1を2にしかできなくなってしまったのだろうけど。

どうか心持ちだけは、0を1にできると信じていたあの頃に。あの頃のように居たいと思う。

だから

すべてが0になってしまえよ。

「人間は生きているから変わるのは仕方がない」

「芸術は前にしか進めない。戻ることはできない」

今日見た芝居ですごく刺さった言葉だった。正確なセリフはもっとこう、情感のある感じだったけど、大まかにはこんな感じ。

僕は変わることはすごく怖いことだと思っていたし、未だに怖いと思っているフシがある。別に変わるってことそれ自体は悪いことではない。

ただ、なんというか居場所がなくなってしまう気がしてどうも恐怖からは逃れられる気がしない。

でもまぁ、仕方がない。変わってしまうのだ。変わろうと思うにしろ思わないにしろ、どうしたって昔のままでは、今のままではいられないのだ。

周りはどんどん変わっていってしまうし、それに応じて変わっていかなきゃ自分が苦しいだけなんだよなって。知ったことではないのだけど。

でもまぁ、苦しい方に苦しい方に進んできたのが僕なわけで、それはなんというか好むにしろ好まざるにしろ、そうなってきてしまったのだから。

何も間違ってないんだと思う。本当に何も。僕たちは誰も悪くないし、みんながきっと悪いんだ。そういうふうに勝手に物事を見る。

僕の見るこれだけが世界だ。世界は主観的なものだから。

だからこう、見方が変わるだけで少しはハッピーになればいいんじゃないかな。

俺は変わらないよ。俺は俺なだけ。見方だけ変えればいいんだよ。きっとね。

 

卒業して6ヶ月目が終了しそう。

ほぼニートでした。

ニートって言ってもガチのやつじゃないっすよ。

週3日くらい適当に2時間位働いたり、舞台に出演してみたりしてたんですけど、時間が余ること余ることって感じだったので、ジムに通い始めたりしてみた。

適当に働くっていうのは軽い仕入れに行ったり商談行ったり、出品作業したりみたいな話で、実際のところは仕事なんだろうけどほぼ趣味みたいなものだからカウントしないことにしている

ので、収入は0よりは多少あるって感じだったので毎月少し困りそうな勢いで支払いをしている。

なんていうかこの半年ほど、なかなか世界っていいもんじゃないかい?みたいな感じだったりした。平日の昼からカメラ持ってフラフラっと何処かに出かけてみたり、メモ帳と財布だけ持っていなくなってみたり、そんな感じの生活を送っていたりしてなかなか悪いもんじゃないと思った。

お金がないと何もできないと思ってたけど、案外お金なくてもどうにかなるもんだなって思った。

まぁ、お金ないと電車乗れないし、靴も変えられなかったりするのでそのへんだけどうにかならねぇもんかなぁと思ったりしているよ。

毎日スケッチしたり、ブログ書いたり、思い浮かんだセリフを書いたり、本読んだりしていて、あー、もう毎日楽しいなぁって感じ。

どれかがお金になればもっと幸せだなぁと思っているよ