僕の事とそれ以外のこと

雑記帳。それ以上でも以下でもないです。言いたいこと書きたいことを書きます。

2017年振り返ったよ。

最近ライトセーバーが欲しくて仕方ありません。

僕です。

あ、「最後のジェダイ」は見てません。「フォースの覚醒」は年明けてから見ようと思ってます。

今年を振り返ってみようとふと思ったんですけど、大したことはなかったです。

3月、ブログを始める。大学卒業して、仮想通貨投資も始めた。

3月の卒業間近になってブログをはじめました。雑記系のしかも自分の身近な某かを書くようなものなので未だにアクセスは伸びません。

毎日続けようと思いながら全く続かず、書きたいときに適当に書くようになりました。週一くらいのアウトプットなり記事の執筆をしたい。

ちなみに12月はこれ込みで2記事しか書いてない。

届いたガジェット系のレビューとかもしたのだけど、イマイチこうピンと来なかったのでピンとくるようになったら投稿をしたいなと思っています。

なんかレビューの前に飽きちゃいそうだけど、それはまぁ、ご愛嬌ってことでいいんじゃなかろうか。

大学も卒業したのだけど、就職はしないでここまで来たのでなかなかお先真っ暗な状態でしたね。

仮想通貨投資もはじめました。リップルXRP)を少しだけ買ったんですけど、今はそれなりの感じになってます。美味しい。

5月、3人芝居に出る。

三人芝居に出ました。桜を咲かせたい男の子の役でした。僕自体あんまり花とか得意ではなかったし妖精は信じていないので、非常に困った感じになったことを覚えています。

普段は言わない感じの、なんていうか人をしっかり信じてる感じのセリフは少し歯がゆさみたいなものがあったんだな。

今までは大勢いる中でお芝居をさせていただいていたので、少人数っていうものの怖さとか難しさってものを感じました。 

あ、この辺で多分シーシャとかハマりはじめました。未だにシーシャは吸うし、Vapeも手放せない。

7月、資格取得とともに個人事業主

個人事業主になりました。ライターとしては前々からお仕事をさせて頂いていたのですが、新たに古物商としても営業を開始しました。

なんかどんどん「何でも屋さん」になって来てる感じありますね。

8月、二人芝居に出る。

二人芝居に出ました。出ずっぱりの30分間でした。なかなか楽しい。なかなか楽しかったです。稽古期間短くて四苦八苦してたけど、いい経験でした。

投票に行こうねって話をしていました。

奇しくもリハーサルの日に地元の市長選が被っていたりとかして、選挙がとても近くにある感じでした。

10月、二人芝居にまた出た。

二人芝居にまた出てました。8月時点でもう二度と出ないのだろうなって思っていたのですが、なんだかまた出てました。8月のときは年上の方とご一緒したのですが、このときは年下の男の子と一緒でした。

ふたりともセリフ覚えが壊滅的に悪くてなかなか楽しく稽古も本番もやらせていただきました。

 カラオケボックスのバックヤードで全然知らない人だと思ったら後輩でしたってお芝居でした。

好きな作家さんの作品だったし、相手も最高に意味わからなくて超楽しかったです。

 

ほらね?意外と大したことなかったです。

 

 

節操無しでいいと思うよ。

ブログやって役者やって、居酒屋の手伝いして、個人事業主(古物)でライターですっていう、すごく自由に見える感じで生きてるんだけど、今すごく楽しいんだよね。

ちなみに年末にカフェのバイトの面接にも言ったので下手をするとすごいことになる。

 

わりかし節操なしって言われるし、フラフラしてるねって言われるんだけど、やりたいことやって生きてるんで大丈夫です。

 

フラフラっとこう、自由に書きたいこと書いて生きていくみたいな、そういう感じです。

 

2018年も食べていける程度にフラフラします。

 

色覚異常と色覚検査についてのまとまらない何か。

夕方のニュースで色覚異常と学校における色覚検査の是非みたいなものを取り扱っていた。わりかしデリケートな問題で書こうかどうか迷ったのだけど、やっぱり記録として残しておこうと思って午前3時過ぎ、キーボードを叩いている。

番組には色覚異常と診断された小学生の男の子とそのお母さんがメインに映っていた。お母さんは診断された当初は泣いてたんだけど、次第に見え方が違うだけだよねって理解をしていったみたい。

実際そんな感じで。泣くようなことじゃないよって思ったの。僕はね。診断された方は生まれた頃からずっとそういう見え方してるから違和感があんまりないしね。

僕自体も「色覚異常」の当事者というか、まぁ人よりも色の見分けがつきにくかったりするタイプの人間で。日常の生活には大した支障はないのだけどね。演劇やってたりすると少しばかり困ることがあったりする。これに気づいたのも高校生とかそれくらいの頃でわりかし悩んだ。

僕の頃はすでに学校での色覚検査ってものはなくなってたのね。まぁ、結構いろんなタイミングで学校における色覚検査の是非っていうのは取り上げられていて、確か20代半ばくらいまでの世代は学校での検査を受けなかったみたいな報道の仕方をしていた。

この検査自体が差別だとかなんだとかにつながりかねないっていう問題があるみたいでなくなったらしいんだけど、僕自体は色覚の検査はしたほうがいいと思うのね。もちろんプライバシーが守られるような環境でやることが前提なのだけど。

なぜかってそれは小さなころから自分の苦手な色を知るため。苦手な色がわかれば絶対に損はしないから。それに大人になっていきなりわかるとなかなか焦るし、就活中だと最悪職業を考え直さなくちゃいけなくなったりするじゃん。

小学生とかそれくらいの頃って自分と違ったりするといじめたりっていうのが結構あって、子供って素直で残酷だから、同質じゃないものを見ると追い出そうとしたりするわけで。昔は小学校で色覚検査をしていたようで、皆の前で皆ができることをできないっていうのは小学生にはとても辛いことだし、「異常」ってつくから本人はめちゃくちゃ焦ったり、トラウマになる。みたいな話。

僕は全然そんなことなかったけど、わかったときはやっぱり少し唖然とした。ああ、照明家にはなれないんだなぁって漠然と思った。

一昔前は職業の制限とかもあったらしいけど、今はまぁそんなことはあんまり聞かないし、きっと住みやすくなっては来てるんだろうなって思ってます。

少しだけ皆と見え方が違うだけだからさ。考えようによっては皆に見えないような色が見えるようなそんな感じだと思うよ。まぁ人によりけりだけどね。

見え方によっては車も運転できるしね。

苦労はないよ。ほんとに。少し黒板の字が見えにくかったりするくらい。だからまぁ、近くにそんな奴がいるよって方、色確かめられたりしたら答えてやってください。

色覚異常って診断されたよって人もまぁ気にしないであんまり気負わないほうがいいと思うよ。男だと20人に一人だし、女でも500人に一人はいるからね。「異常」っては言うけど人とちょっと違うよって言われてるだけ。

もう個性の範疇ですよ。

なんか眠いし、色々まとまらないからこの辺にしたい。またしっかり整理した上で書こうと思います。

僕が言いたいのはとにかく見え方はきっと違うかもしれないけど、大切な人と見る景色はきっときれいに見えると思うよ。ってそういうことです。

電車の中で席を譲るとか譲らないとか、なんとか

電車の中で子供を抱えてた人と目が会った。席を譲った。

その人に席を譲ってから周りを見てみたら子供抱えながら立ってるお母さんがたの多いこと。

僕はどうしていいかわからなくなっちゃったよ。隣に座ってるじいちゃんも席譲ってやりゃあいいのにって感じ。俺は一人しかいないから一つしか席譲れねぇし、これなんかなぁって感じ。

まぁ、「子供抱いてる人いたら必ず席譲れ」とは言わないよね。見えない辛さもあるしさ。めちゃくちゃ気分沈んでるのかもしれないし、仕事でめちゃくちゃ疲れてるのかもしれないし、何か病気を抱えてるのかもしれないし、人によって色々あるじゃん。電車の中なんて誰しも座りたいし。

きっと僕も目が合わなきゃ席譲ってなかったもん。

昔に比べて小さな子どもを連れて電車に乗る人が増えてるのかなって印象。全然悪いことじゃないよね。むしろいいことだと思うよ。たまに小学生とか「スゲぇ騒ぐなこの子」みたいな子いるけど。親御さんとかに怒られてるし、まぁ社会勉強かなって思うと許せるのよね。

外に出ることって基本的にはいい事じゃん?家でふさぎ込むよりも子供と一緒にお出掛けとか子供も楽しい、お母さんも楽しいだと思うのね。

そりゃイライラする事もあるんだけどね。自分も小さい頃はものすごく騒がしかったし子供ってこんなもんだよねって思う。

騒がしいの子供だけじゃないしね。酔っ払いでも素面でも若い子も爺さんも婆さんもおっさんもおばさんも皆騒がしい奴は騒がしいし。歳とか関係ないわな。

イライラする時って大体自分に余裕がないときだからね。

電車乗ってると皆余裕ねぇなって感じだよね。仕方ないって仕事も忙しいし、自分のことで皆精一杯だもん。余裕ねぇと周り見えないしね。

席譲るも譲らないもまぁ、個人の自由だと思うよ。

譲って多少なりとも笑顔が増えればいいなぁと思うから、迷惑にならない程度に譲ってみるのもいいなぁと思ったよ。僕の余裕があるときにね。

 

色々考えたんだけどさ

前回の更新から30日ちょっと、ほぼ一ヶ月くらい。何を書こうか色々考えてた。

ビューがすごい人達のブログを見て、こういう記事がバズりやすいよーとか閲覧伸びるとか検索流入すごいよなんてのを色々見てた。だから悩んだ。

だけど、まぁとても僕にはできそうにもなかったし、それにブログで稼ごう!みたいなそういうのはまだいいかなぁと思ったから。

だからいつも通りとりあえず続けようと思う。記録を続けていく。

僕は今少し熱がある。熱を持ってるとかそういうことじゃなくて、単純に発熱してる。久々に熱を出したもんだから、辛いなこれって思ってるところだ。

なかなか頭の中がぼやぼやっとしているし、頭が少し痛い。といってもいつも頭の中がすかっとしているわけじゃないからあんまり変わらないような気もしている。

色々とやらなきゃいけないことが溜まっている。脚本を書いてみないかなんて話ももらっていて、今はそこに向かって猪突猛進って感じだ。

書ききらなきゃいけない。誰のためでもなく、自分のために。一度書き始めた物語は終わらせなきゃいけない。いつまでも続くものなんかないから。僕には僕が始めた物語の中の彼らを救わなきゃいけない責任がある。

現状の報告と記録。

台風とか選挙とか大変そうだけど、とりあえず昼飯何食べる?

僕は今日は台湾まぜそばかラーメンが食べたい。

あ、でも昨日の辛味噌鍋が残ってるからおじやでもいいかもしれない。

台風とか選挙とかいろんなものが重なってなんだか世間は大変な感じだ。僕もこれから何をしようか何をしなきゃいけないのかってことをそろそろ真剣に考え始めないと行けないなとは思っていて(卒業から実に7ヶ月)というか思っている。

この七ヶ月の間に本当に色々なことがあって、一番大きいのはやっぱり開業だったんだけど(まぁほとんど働いていないので軌道には乗っていない。本当にそれなり)、それ以外にも他社さんとの提携の話とか、お客さんからのスカウト(営業職)とか、実家の店の経営をやらせてみるとか、大学に通っているときには考えられないくらいに選択肢が増えていて、というか選べないくらいに増えすぎていて、嬉しい半面どうしていいのかわからなくもなっている状態が今。

様々を考えているのだけど、どうしてもお腹が減ってしまうんだなぁ。真剣なことを考えているのに、「今日のお昼はラーメンがいいな」とか「ああ、あそこの店のマスターにも会いたいぞ」的なそういう雑念というかノイズというかが入ってきてしまっている。

どれだけ真剣になっても僕は胃袋には勝てないんだなぁと思っている。

最近興味があるのはコミュニティづくりだ。といっても人脈を作りたいみたいなそういう意識の高いものではなくて、飲みたいときに飲んで、食べたいときに食べて、話したいときに話せるみたいなゆるいコミュニティ。

いわゆる村みたいな。(悪い意味じゃなくて距離感が近いような遠いようなあの独特な感じ)

そういうガッチリしたものじゃなくてゆる~いふわっとしたコミュニティ。

実家の店はもともとそういう感じで始まったもんだなって考えると結局原点に戻ってきてるのかなぁと思う。

常連さんに「お前は何がしたい」って聞かれたときに何がしたいかはわからん状態だったのだけど、そのへんはまぁ、色々やっていく中で改めて見えればいいんじゃねぇのかなぁと思うよ。いまはとりあえず明日の昼飯何食べようかなって考えるほうが大事な気がする。気持ちいい方に行くとさ、大体悪い感じにはならないんだよね。楽な方じゃなくて、楽しそうとか良さげな方ね。

いつも行き当たりばったりだし、フラフラしてるけど、フラフラしてる僕はフラットでふらっとどこにでもいられるような(どこにでも飯食いに行けるような)そういう生き方がいいなぁ。

文章が不整合だったりするかもしれないけど、寝起きだから許してください。フリーターに近い個人事業主なのでもう一回寝ます。

今日はちゃんとお仕事するよ。

 

目が覚めてしまって

寝られない。というか目を覚ましてしまった。外は雨だ。「しとしと」ではきかないくらいに雨が降っている。

雨粒が落ちる音が聞こえてくる。

雨は嫌いだ。少し寂しい気持ちになる。濡れるし冷たいし、髪の毛は崩れるしいいとこといえば花に水をやらなくてもよくなるってことぐらいで、雨は嫌いだ。機械は濡れると壊れるしほんとに嫌になる。

こういうのも本当は違うのかもね。

感情が先走ってるだけ。寂しい気持ちが雨の音で膨れ上がるのかもしれない。そんなことを思いながらキーボードを叩いている。もう4時に近い。

目が覚めてしまうのも無理はないのかもしれない。考えてみたら今日起きたのなんて正午近いのだから。そこから取引先に電話をして、仕入れの計画を立てて、台本読んでみたいなそういう、いつもとなんらかわりのない日常を過ごしてしまっていて、もう飽き飽きなのかもしれない。だから深夜に刺激を探して起きたのかもしれない。

最近では一番刺激的なのは夢だ。寝ている間が一番刺激的だなんてなんだか少し皮肉だ。休む時間じゃねぇのかよと。

昨日の夢はなんだか少し現実味があって怖かったことを覚えている。刃物が刺さる感覚はいつでも慣れない。

僕の夢はだいたい高いところから落ちる夢か、人に追い掛け回されるか、刺されて死ぬ夢だ。

前後の状況はその時によって全く違うからシチュエーションには全く困らない。

毎度それなりに痛い夢ばかりだ。地面に叩きつけられる瞬間といったらもう、何とも言えない。

何かで刺される感覚が一番鮮明に残る。

もしかして僕の前世は刺されて死んだんじゃないかってくらい鮮明に。

こんな駄文を書き散らして僕はまた眠りにつこうとしている。この瞬間さえ夢ではないのだろうかと一抹の不安を感じながら。

思い出に押し潰される

観劇に行った。知り合いの出ていた芝居だったし、興味を惹かれたから。どこでやるかもわからない状態だし、いくらかもわからない状態でとりあえずくらいの勢いで予約を入れた。

今日の本題はそこではない。場所。場所の話だ。

場所は二年ほど前、僕が非常に辛かった思い出のある芝居を上演したところだった。稽古中にも仕込み中にも本番中にもそこには濃くて苦い思い出がたくさんあった。

劇場の最寄りで電車を降りるとすぐに商店街がある。商店街に入った瞬間に何か言えないような思いが心を満たした感じがして、なぜだか少し悲しくなった。確かに当時の公演は非常に辛かったし、正直笑えないようなこともたくさんあったのだけど、そういう類の、そんな涙じゃなくて、懐かしさのようなそういう涙だった

劇場に着くとしっかりと上演の準備は整っていて、変わっているところとか、あの頃と変わらないところとか、様々だったのだけど、なんだかとても懐かしい気持ちに浸ってしまう自分がいた。

一週間しか通っていなかったところにこんなに濃い思い出があったのかと驚いた。

それと同時にもうあの頃には戻れないのだなぁとわかってしまっている自分がいて。辛い思いでも今日は少し甘くて優しい気がしていた。